長男くんの鐘が鳴る

2022年12月13日火曜日

生活

読書してみた

最近、中受本が流行っているのだろうか。
今の趣味が伴走になっているので、素直に興味が沸く。
そんなわけで続けて読んでみた。
…よりにもよって、雷を落としている最中に。
パパ塾の最中の失敗談に対して、思わぬところからお叱りの言葉を頂戴しているような感覚でしたとさ。

きみの鐘が鳴る

「尾崎英子」という方が書かれた小説だった。


(Amazon引用)中学受験に挑む6年生たち。 かけた時間や熱量は、必ずきみを強くする   *  *  *  *チアダンス部の活動に憧れて、青明女子中学校を目指しているつむぎ。同じ体操クラブに入っていて塾も同じのクラスメイトとうまくいかなくなり、5年生の終わりに転塾することに。 新しい塾「エイト学舎」には、いろいろな子がいた 父親に厳しく管理指導される涼真。 マイペースで得意不得意が凸凹している唯奈。 受験に失敗した姉とずっと比べられている伽凛。 受験をする事情や環境、性格、目指す学校もそれぞれ違う4人。 迎えた2月、待ち受けているものは──? 受験の合否にかかわらず、すべての子どもに、祝福の鐘は鳴る。 未来が開け、さわやかな温かさに包まれる物語。

ちょっとタイミングが合わず遅れてしまっている内に、まずは妻が読んでいたけれど、結構好評だったようだ。

長男くんもさらっと読んでいた。
どこまで理解したかは分からないけれど、やはり自分がまさに渦中の中受、少しは興味があるようだ。
また別の本も用意しておこうかな。

ネタバレレスな感想

おもしろかった!

どうやら私は、小説の中受本の方が楽しめるのかもしれない。
学校名や塾名がはっきりするかどうかは私にとってはあまり重要ではないらしい。

今でも検討している中学が基本的に神奈川の男子校主体だからかな。
男子校でも東京の方はよく知らないし、女子校は全然知らないし、実名を知らない学校なら仮名だろうが大して変わらない。

それよりも、入試前後の心情が赤裸々に綴られるあたりが、読んでいて面白い。
このあたりは、実話を元にした方を読んでいるよりも、感情移入できるのだろうか。
「翼の翼」といい。
内容としては、中受について4人の小学校6年生に対して、家庭、学校、塾生活がオムニバス形式で描かれていた。
学校生活が描かれるのは、なんだか新鮮だ。

中受関係の本は、読後感を書くときっとネタバレになってしまうのでもう少し後で書くけれど、とりあえず読んで「時間が無駄だった」系の後悔はしない作品だった。

私的には読んでよかった。

ネタバレありな感想

スポットライトの当たった4人中の3人が女の子。

うち3人ともが学校でいじめを受けている感じ。
いや、感じで済むのか?

男子だった私にはあまりよく分からない世界だけど、とりあえずムカッ腹が立つようなことを主人公側がやられていた。
やっている側は、なんでこう、もっとスカッと生きられねぇもんかな。


とりあえずアレがいじめだとして、いじめ率高いな、女子の中受。
怖い。
長男くんもなんかそういうことされてたりするのだろうかと不安になる。

それも、どうやら私が見てきたような、非通塾児から通塾児に対しての塾に対する理解不足のようなやっかみが由来ではなくて、通塾児から通塾児に対してのモノのようだ。
率直に言って、変な世界にしか感じられなかった。

私は基本的に、中受の勉強って「出来るのが偉い」ってわけじゃなく「やるのが偉い」って世界だと思うんだよね。
公立中学を過ごした身からすると、毎週毎週、異常なノルマを課されてさ。
で、成績がイマイチな子はもちろん、成績の良い子にもいきなりハイレベルが要求されるからついていくのは大変だろうし。
どちらも頑張らなきゃついていくのは困難だろうし、その努力こそ尊い。

テスト結果を席順に反映するような競争を煽る真似をしている日能研でも、「座席は自分の立ち位置を知って勉強に活かすためのものであり、他人と競争したり他人を評価するようなものではない」って言ってるじゃん。
「ソレ、無理でしょ」とは思うけど。
でも、そういうポエムな感じを目指すとこ、私は好き。

とりあえず、そんな風に思っている中で、「自分は出来る」みたいに思っているヤツが成績を基準に他の人を下に見るような態度を、実際に取りにいくシーンが読んでて気分悪かった。

特に、唯奈ちゃんの章。
からかってきていた男子は、なにイキっちゃってんだろう。

挙句に、からかっていた女子に反撃されて血が出ちゃったら、自分のしたこと棚上げしてママ頼みでちゅか。

…ダセェ。ダサすぎるぜ。
6年生、だよね?
男としては最低限、「ケガはさせられてしまったが自分の方が先に口を出して嫌がらせをした。こちらが申し訳ない」とかって、意地を張り通さねぇといけないところじゃねぇかな。
イマドキ、そういう発想も男女差別で何らかのハラスメントになってしまうのだろうか。

長男くんや二男くんのところは、こんなにドロドロしていないと思っていたいけれど、やっぱり、自分で関係する人間を決められない高校までの学校って自由度が低くてイヤだなぁ。
息子達がもしこんな嫌がらせでも受けているって知ってたら、とりあえず学校休ませちゃうよ。

続いて、受験期のヘルみは、読み応えがあった。
これこれ、こーゆーの。
こーゆーのが読みたかったんよ。
この前のヤツのルポだと、インタビュー受けた人があまり自分を悪く言わないのか、こういう修羅場っぽいところが少ないというかあっさり風味なのが若干物足りなかった。

自信のあった前受に落ちてしまう子、安全校に設定していた学校に落ちてしまう子。
挙句、安全校に落ちた我が子を口汚くなじってしまう親。
分かる分かる、その気持ち。
二人三脚みたいに思って中受に挑んでいたからこそ、その半身を責めてしまうのだろうさ。
自分を責めるようなつもりで無意識的に。

そして、少しでも時間が経つだけで、相手は本当は自分ではない上に、たかが十年程度しか生きていない我が子ということに気づいてしまうんだよね。
長男くんに怒鳴ってしまった後の夜中とか、幾度となくそういう自己嫌悪に陥ったもの。

作中の家庭は全落ちは避けられたものの、一歩手前まで進む。
安全校、持ち偏差より10以上R4が下、とか言ったって、そんなの信じられるわけもなく。
1月に模試は受けないし、テスト当日、どんな誤解が起きてしまうかも分からない。

どれだけ気を付けて見直しをしたところで、「ミス」は防げても、「誤解」を解くのは厳しいと思う。
誤解の前提の上に見直しても修正にならないし、まっさらに2回解けるほど中受の入試では時間も足りない。

怖いなー。
出来る対策としては、ついつい合格を前提に考えたくなってしまうけれど、「1日と2日を全て落としてしまったら」ということでその後のスケジュールを考えておくのが必要なんだろうなー。
でも、そんなの、考えているだけで辛い作業になりそうだけど。
そして、それを考えた上で、なお、実際に落としてしまったときを想像すると恐ろしくてたまらない。

最後にパパ塾のご家庭。
…うぅぅ、雷を落としたその日に読むと、身につまされるぜ。

この日は規則性じゃないから言わなかったけど、「分かんない問題に対してはまず表を書こうとしてみろ!手を動かせ!」はよく言う。
大事なのは「解ける」よりも「解こうとすること」だから、手を動かそうとしただけで、「そうだよ!それだよ!」って同じくらいのテンションで褒めるけれど、そこまで解き始めようとせずに長男くんはクネクネしていることの方が多い。

まぁ、私こんなにルー大柴さんなしゃべり方しないけど。
いっそ真似していこうかな。
「One more time!」、
「You can do it!」、
「Believe in yourself!」、
「I trust you!」からの、お風呂が長いときに突然乱入しての
「Manage your time!」

…ギャグでしょ、コレ。
絶対笑ってはいけない系の。
一緒に生活していて辛すぎるわ。
英語は正直よく分からないって息子引いているし。

まぁ、「正直よく分からない」って思われているのは、私も反省しようと思っているところでもある。
長男くん、私が早口なせいなのか、言うことを理解するのが1テンポ遅れていることが多い。

だから、大事なこと、本当に覚えて欲しい事柄は、私が文字として書くか、本人の口から言わせるかまでして確認をしなきゃダメなんだな、と気づいた。

それも、今年の夏前くらいの話だけれど。
それまでの1年半は、彼にとって、急に怒鳴り出してはよくわからないことを口走るおっさんだったわけだ、私は。
一応、大事なことは大事だからと最低2、3回は繰り返して言うようにしていても、全然頭には入っていなかったみたい。

この作中の男の子は、そんなルー大柴さんに対しても、「それでも自分のためを思ってくれている」、「期待に応えたい」と思っているようだ。
そういうもんか、子どもというのは。

…おそろしいな。

長男くんや二男くんにももしそういう風に思われているのだとしたら、そうなのだと自覚して行動しないとな…。

私自身は、通っていた公立中学で初めて学年トップを取ったことを、母親に言われてアル中で酒乱の父親に嫌々報告した際、テレビから視線を外すことなく酒臭い息で「もっと頑張れ」と言われたときに、既にゼロに近かった期待ゲージが壊れてしまったものだけれど。

だからか、「親に期待する」というのがどういうことなのか、私にはイマイチ分からない。
そういえば、良かった結果に対して「もっと頑張れと言われる」こと、悪かった結果に対しては「興味を示さない」ことは期待していたっけ。

その方が、安心して軽蔑していられたから。

いつから父親のことを軽蔑していたのかは覚えていないけれど。
多分「軽蔑」という言葉の意味を知るよりは、早かっただろう。
私の記憶は、「泣き叫ぶ母を怒鳴りながら引きずって玄関から追い出す父」と、その後に寝室で泣いている彼女の様子を見に行ったときに「来るなと私を手で追い払う母」から始まる。

…なんだか嫌なことを思い出してしまったな。

感想を本に戻して、なんというかお定まりのように、この家は家庭崩壊気味に終了する。
どうやら男の子が、父親の希望校(開成がモデルっぽい)には合格できなかったらしい。
それで、父親が別の学校への進学を渋った、とか。

…分からん。

「父親の希望校」っていうのはなんなんだろう?
そこに息子を合格させることが至上命題になることがありえるのか?

自分の息子が「開成の息子」でないと何か我慢がならないのだろうか?
それとも、「息子を開成に導いた自分」でないとどうしても満足できないのか?
…後者は自分自身の力不足な気がするけれどな。

それは作中であまり描かれることはなかった、と思う。
まさか、本当に、これからの労働環境の変化を憂えたのだろうか?
中学生、高校生に対して?
それは、開成でないと対応できないのか?

この辺、あまりクローズアップする雰囲気ではなかったけれど、ぜひとも描いて欲しかったなぁ。
子ども視点で書かれていた本だったけれど、大人視点版も読んでみたい。

どういう風に考えれば、この大柴さんのような思考、結論に至れるのだろう?

過去を思い出したついでに自分の子どもが産まれたときのことを振り返ると、とても信じられない。

幼少期の体験から、私は自己肯定感の低い人間だったのだろう。
どんくさい子だったし、そういう風に親類の集まりや学校でも扱われていた。

唯一勉強くらいは成績が良かったけれど、単純に他の人より時間を掛けているからだと思っていた。
公立中の定期テストくらいで徹夜も厭わなかったからな…。

その後、一浪して大学に合格したときは喜びを感じたし、妻と結婚したときも嬉しかった。

でも、「生まれて来なくても良かったな」という気持ちは消えなかった。
子どもの頃の「生まれて来なければ良かった」よりはマシになったかもしれないけれど。
私と結婚していなくても、妻は妻で幸せに生きていっただろうと思うし。

それが、子ども達が産まれたとき、特にはじめの方の長男くんのときは、今でも言葉が見つからないほど、感動した。
+の気持ちなのかなんなのかも分からないほど。

自分が生きてこなければ、この子達は産まれてこなかったんだな、と思うと、それが自分の生きる目的だったのかなとまで思えた。

だから、人生に対して私のような感想を持たないように、可能なかぎり幸せな体験をさせてあげたい。
どういうものが彼らの幸せなのか分からないし、時代も変わってしまうし、それこそ労働環境も変わってしまうけれど、幸せになれるような力を身に着けさせてあげたい。
そのことに命をかけても惜しくないほどに。

…まぁ、「そんなこと思っていたって、ちょっと人の話を聞かなかっただけで泣かせるんですよね?」という気もするけれど。
いやいや、なんならテスト勉強より大事でしょ、「人の話をしっかり聞ける」って。
でも、今日のアレは、正しいやり方だったのかな?
いやいや、じゃあどうすんのさ、実際、人の話を最後まで聞けない、同じ日に何度も注意しても直そうとすら出来ないって子に対して。ノルマだって待ってくれないんだよ?

そんな自問自答もしてしまうけれど、とりあえず、気持ちだけはいつも、「幸せにおなり…」と思っているのは間違いのないことだ。

というわけで、本当に大柴さんの気持ちが欠片も理解できない。
純粋に知りたい。

この答えは、これからの1年と2ヶ月にあるのだろうか?
…もう、あと1年と2ヶ月後には受験が終わっているのか…。

人生観が変わるほどの体験がもしかして待っているのか?と思うと、不安もあるけれど、ちょっとゾクゾクする。

まぁ、かなり脱線はしつつも、そんなことをポケーっと考えてしまうほどには面白い本だった。

ところでパパ塾の代表、二月の勝者の方、私の敬愛する島津パパは、きっとこういうエンドにはならないと思う。
あの御方が発狂モードになったのは、「開成に子どもを入れたいけど無理かも」だからではなく「体の弱い息子の三年間に及ぶ血のにじむような努力がムダになってしまう」危機感からであって、最後は結果と子どもの決断を受け入れる、と信じている。
(ついでに、ドラマと同じ展開に原作もなると思っている)

こっちの方の結末も楽しみだなー。