長男くんと5年生最後の算数

2023年1月25日水曜日

算数 日能研

マリーゴールド

最近、あいみょんの「マリーゴールド」にドはまりしている。
歌詞の一節一節にいちいちエモみを感じている、キモみに溢れたおっさんだ。
出来れば客観視することは避けたい。

まぁ、この歌は素直に読むと、男の子から同世代の彼女にでも向けた歌なのだろうけど。
ブログを書きながら、時折耳に入る部分がなんとなく息子達とシンクロしてしまう。

麦わら帽子

この歌を初めて聞いた頃、一番印象に残った部分。
というか、流し聞きであまりしっかり聞いていなかったから、このサビのところしか聞きとっていなかった。

我が家の兄弟達にはその昔、男の子の2人組だし、妻が双子コーデが好きなのか、単にどっちにでも使えるからなのか、お揃いの麦わら帽子をかぶせていた。

ぶっちゃけた話、「揺れたマリーゴールドに似ているなぁ」と思ったことは皆無だけれど、夏休み、公園についたときだとかに、二人で駆け出していく後ろ姿をなんとなく思い出す。

そのときはそのときで、「ようやく手を引かなくて良くなった」と開放感に満ち溢れていたけれど、最近長男くんとは手はつながなくなってきたし、二男くんとももう少し、なんだろうな。

二男くんの中受が終わるまでには、もしそこまでたどり着ければ、あと3年。
もう、麦わら帽子をかぶせて、一緒にただ公園に行く、なんてことはないんだろうなぁ。

「いずれは終わる日々」と思って過ごしていたから、そのことに後悔はないけれど、なんとなく寂しくて懐かしい。

少し冷たい空気を2人

そんな昔話の感傷から覚めるほど、今週あたりはめっきりと寒くなった。
さすがにここまで寒いというのは珍しい気もするけれど、迎えに行く夜道が寒くて仕方がない。

駅までの道すがら、空を見上げるとちょうど冬の大三角形が見えるのだけれど、キレイだなぁという気持ちと、ヤツは星座・星・色と覚えているのだろうか?という疑いとで、不思議と一日一日に印象が残る。

駅で合流してからはタクシーに乗ってしまうから、一緒に歩くことは乗り場くらいまででほとんど間がないのだけれど、その短い間でも一生懸命、「今日は『わたえら』のどこそこが解けた』『オプションのXX%の問題が解けた』と報告をしてくれる。

思えば、もうすぐ2年前、新4年生初めての授業が算数だった。
「よく分からないのが3個くらいあった」としょんぼりして出てきたっけ。

分からないと判断できたならよく聞けたじゃん、とは言ったものの、たしか今日は足し算引き算レベルの内容だったよな?とも思ったっけ。
心配していたことが実際に起きてしまったというような、そんな気持ち。

それからも、合流して顔を合わせた直後から「今日も全然分からなかった」「栄冠やりたくないなぁ」とつまらなさそうに言っていた姿が辛かった。
算数だけは、塾に行くのも嫌がっていたし。

こんな辛い思いを味あわせながら勉強させることに、何か意味はあるのだろうか、と随分迷ったっけ。

目の奥にずっと写るシルエット

塾とも対策を相談して、その結果として予習をしていてもイマイチ効果が感じられない中、それでも「コレくらいしか理解できないで授業を受けてたらそりゃつまらないだろうなぁ」と、やらないよりはマシの精神で一通り続けてはいた。

ジョジョに序盤の内容くらいは早めに理解できるようにはなってきたものの、授業で扱ってしまうという本科終盤の「私が使いたい思考技法を選んで使ってみる」、通称「わたえら」になると全然分からない。

そりゃそうだ。
どうみても授業後の栄冠復習、その学び直し1で練習した後にやる学び直し3の最後の方よりさらに難しい問題、なんなら、入試問題だろっていう問題なんだから。

そんなもの、概念自体初めて聞いたっていう直後、さして多くの練習問題をやってもいないような段階で解けるわけがない。
やっとこさ例題レベルを理解しているというのに、3、4段は難易度が違う。
授業で扱うと聞かなければ、間違いなく予習でも飛ばしていた。

でも、授業で扱ってしまうらしい。
下弦側でさえ。
「わたえら」の始めのほうならともかく、私でも暗算はし切れないかもしれないようなレベルの後ろの方の問題を。
しかも、中にはそれを解けてしまうクラスメイトもいるそうで、よせばいいのに長男くんは比べてしまって、全然糸口も掴めない自分を卑下してしまう。

であれば、と予習でもソコを外せなかった。
この時期、長男くんが嫌がるのは、大体この「わたえら」の予習。
時間もかかるし、全然分からないし、楽しいわけがなかったよね…。

理解できていないのも分かっているのに、それでも少しでも授業で受けるショックを和らげたくて、私も止められなかった。

でも、嫌がっても、諦めて終わりにすることは一度もせずに、たとえほとんど写すのに近くても、私が書いた解法と答えを書いていた姿を覚えている。

目の前でずっと輝いている

それが、少しずつ、4年後期、5年前期と進むごとに、授業中にもある程度分かるようになってきたらしい。

「N問くらい解けなかった」という数字が、本当に少しずつ、減っていった。
この前よりは解けてるじゃん!と励ましながらも、そこまで自信を失ってしまったんだなぁと思うと、哀れだったり、後悔だったり。

特に4年後期の特殊算、違うかもしれないけれどたしか和差算のときだったかな、「今日は全部解けた!」という日があって、そのあたりから、本人も自信を取り戻せたらしい。

5年前期からはもう平気そう、というか予習するよりも授業で全部やっていない算数オプションの復習をしようぜ、ということで、予習は止めた。
それでも、「わたえら」が解けなくなった、というのは聞かなかった。
…あれ、予習、やっぱ意味なかったか?

その後も、解けたわけではないにしても、何かしら掴んでいるのか「惜しいところまで行った!」というようなポジティブな感想に変わっていった。

…まぁ、聞いてみれば「全然惜しくはねぇな」と思うときも多いのだけれど、そんなことはささいなことだ。
「今日も分からなかった」と二人でトボトボ歩き出すのに比べれば。

スパイラルに入っているせいもあるのか、最近はもうネガティブな話はほとんど聞かない。

人外領域としか思えなかった「わたえら」も、授業の中でですら解答できることも増えたようだ。
端から見て止めたくなるくらいな状況から、よくここまで頑張れたなぁと思う。

5年後期最後の算数でも、「『わたえら』の問題、ほとんど解けた!」らしい。
なんか「60のおもりを50のおもりだと思って計算しちゃったから、答えは間違えちゃったけど!」とのことだけど。

だから、計算を始める前に問題文をもう一度読めってば。
という言葉を飲み込みながら、計算間違いはともかく、あのクラスの問題で解法が合っているなら、すげぇじゃねぇか、と返す。

さてさて、5年後期は無事に終わったようだけれど、6年ではどうなるかな?

でも不思議なくらいに

そんな5年生の授業も、残すところ明日の国語で終了。
これまでの国語の授業じゃ、何か新しいことを学ぶ、ということはあまり期待していなかったけれど、6年生に向けてちょっとその辺の勉強の仕方も教えてみようかな。
今なら、理解できるかもしれない。

そして、今週末は5年生19回目にして、最後の育テ。
どういう結果になるにせよ、翌日の解き直しをした後は本格的に6年生の栄冠予習に入る予定。

しかし、他にもやった方がいいことはあるんじゃないだろうか?

成績も上がってきている長男くんだけれど、本人には絶対に言わないけれど、正直なところを書いてしまうと、目指している熱望校は厳しいんじゃないかな、と思っている。

国語を中心に、選択問題、その場で対応する読解などを見ている限り、勘がイマイチ。
正直、もう少し、感覚でもいいから国語が解けるのであれば良かったのだけれど。

「きっとこういう考え方を使って、こう答えて欲しいんでしょ?」みたいな考え方がまだ全然出来ないっぽい。
その考え方に良し悪しはあるにせよ、全く出来ないとなると、悪い面の方が勝つ。

成長はしているけれど、おそらくいずれは出来るようになるだろうけれど、先にタイムリミットの方が来てしまいそうだ。

まぁ、練習の範囲でどうにかなってくれるなら、追いつく可能性もあるかもしれない。
6年前期での勉強内容はともかく、6年後期の内容は全く調べていないから、その点は、今後の応用演習での内容と伸びを期待したいところではある。

ただ、「何かを掴んで勘が良くなればいい」なんていう感覚的な理解への期待は厳しい。
これまでのように「この手の問題はこうすれば確実に解ける」という教え方が出来るわけでもない。

改善するかどうかというだけでも、良くて3:7くらい、かな。
それで果たして、要求されるレベルに辿りつけるのだろうか?

でも、彼はきっと、私の言う通りに勉強を頑張るんだろうな。

雲のような優しさで

もし、彼の努力が結果に結びつかなかったら、と想像すると正直恐ろしい。

しかし、間に合わなかったら、熱望校に届かなかったら、なんだというのだろう?

もし彼がこの2年のことを忘れてしまったとしても、そもそもよく分かっていなくても、私はいつまでも覚えていてあげたい。
長男くんが算数の授業の後で笑って帰って来られるようになったことが、私にとってどれだけ嬉しくて誇らしいことだったのか。

もしこれからの一年でいろいろあって、私自身がそんな気持ちを忘れてしまったとしても、この曲を聞く度に思い出そうと思う。
長男くんが自信を取り戻していったこと、算数を楽しく感じるようになったこと、そんな彼に勉強を教えている時間が、私にとってとても充実していたこと。

…まぁ、難点は、「マリーゴールド」をマジメに聞いていると、涙ぐんでしまうことだな。
40にもなったというのに。
我ながら、キモいの言葉じゃ足りないくらいにキモい。