長男くんと国語の設問読み

2022年11月1日火曜日

国語 勉強方法

国語のパターン問題

長男くんの国語読解の得点が安定しない。
難易度が違うか?というと最近そんな難しいのはあまり見ない気がする?

さてさて、どうしたものか。

感触

本人にヒアリングしても、今回の文章は読みやすかったとか読みにくかったとか言っている。
授業でもテストでも。

うーん、そういう読み方をして欲しいわけではないのだけれど。
難しいかな。
まずは、読みやすい文章がどんななのか、文章を理解する感覚がどんなもんなのか、というのを知るのもいいけど。

最終的には、テストでいつも点を取れるような、ある程度まともに書かれた文章ならどんな状況でも読み取るべきことを読み取る、そんな読み方を身に着けて欲しい。

テストは大体その文章のキーポイントを聞いてくるから、テストの点数が安定しないということは、文章への理解度も低いことがある、ということなんだろう。

本人も何となくそれを感じ取っているのか、最近「国語の授業はなぁ…」という感じが増えている。
率直に言って、飽きが来ている。

これはおそらく、慣れてきているわりに、変わり映えがしないからではないだろうか。
明確に新しいことをバンバン習っていく算理社に比べて、国語の授業では学び取ってくることが少ないのだろう。

思考技法と題されて習ってはいるのだろうけど、若干ポエミーだしな、アレ。

記述演習

そのあたりを記述演習で学んできてもらうのかなと思ったけど、どうやらそこまではイマイチだったらしい。

効果がなかったわけではなかったんだけど。

記述問題に対して苦手意識が強かったのか、4年後期あたりからは解答をほぼ特定しているのに書かない or 書けないことが多かった。
書きさえすれば、採点そこまで辛くないのにー。
ときには「間違えると恥ずかしいから」とか言っていたけど、テストで一番恥ずかしいのは空欄だぞ?

その苦手意識に対しては、記述演習は大きな改善効果を見せてくれた。
分からないときや時間がないときでなければ、記述が空欄になることも減ってきた。

ただ、記述演習の目次から見ると、もう少し解答の見つけ方もやってくれるのかな、と思って期待していたのだけれど。
そこの点は長男くんにはさっぱりだったようだ。
授業でやったのか、やれていなかったのかは分からないものの。

例えば、「傍線部の前に着目する」というような回で、「どこから傍線部の前に着目すると判断するのか?」という点は理解できないまま。

それは、算数ならまるで、「ここは鶴亀算の単元だから鶴亀算を使う」という解き方と一緒じゃない?
それでは範囲がない実力テストでは点が取れない。

だからしょうがない、そこは私がサポートしてあげよう。

算数と一緒

思い返せば大受の予備校、浪人したときにはじめて、国語のそういう授業を受けた。
学校のような文章の解釈を教えていくのではなく、演習をやるようなスタイル。

そういえば、それまで塾では国語の授業を受けたことがなかった。
中学になってからは数学と英語がメインだったし、理系選択だったせいか現役のときは予備校でも国語は取っていない。

その1回目の演習が衝撃的だった。
二項対立の文で、文章を一通り解説してもらった後、設問を解き始めたときに、設問の言い換えが始まった。
二項対立でAとBを対比させていくのだから、この設問はAについて聞いているか、Bについて聞いているか、くらいの言い換えだったのだけれど。

そのときまでただひたすら感覚でしか読んでいなかった私には、「こんな風に理屈で解くのか!」と驚きだった。
そのときから、国語は私には数字を使わない数学みたいになった。

といっても長男くんにそういう解き方をフルに求めるのは抵抗がいくつかあった。

まずは、11歳に、そういう解き方が出来るものか?
中受の国語はそうやって挑むのか?

その点は、同じく算数の思育テやYouTube等での国語の講義を見ていると、別にいいのかな、という感じ。
長男くんはあまり出来ていなかったけれど、「どうしてそう解くのか」は国語でも変わらず重要っぽい。

次に、解くのが遅くならないか?という点。

国語は感覚で解けるときもある。
いわゆる、ストーリーに共感できるようなとき。
それで間違いが多いなら困るけれど、そんなに解答も外れない。
多分、理屈の部分をすっ飛ばして理解できているだけなんだろうな。

感覚でとっとと解けるものは解いて、悩む問題は理屈も使って解く。
そうするだけなのだけれど、『悠久』の長男くんにそんなこと言ったら、キャパオーバーでプスプスと煙を吹いて1問目でフリーズしていそうだ。

長男くんは時間配分がずっと課題だったのだけれど、最近、意外なほど改善している。
彼の場合、高校生くらいになったらようやく出来るようになるくらいかと思っていた。
文章自体は、語彙が分からないときを除けばそんなに読めていないときもなさそうだから、他の教科の文章読解には支障も出ないだろうし今のままでもいっか、と放置するつもりだったのだけれど。

この前のテストの物語文のように、読みにくい問題で点を取るためにはどうすればいいのかと本人も悩んだようなので、理屈での解き方を改めて教えてみた。

設問読み

といっても大したことをやるわけではない。
20,30回くらい国語のテストを受けたのであれば、考えればだれでも出来る程度のこと。
論理的に考えるのだから、誰でもできるのは当たり前だけど。

あとは、単に「国語の問題にはパターンがある」と認識するだけ。
そのパターンには2種類あって、「何を聞いているのか」という点と、「どう聞いているのか」という点。

まず「何を聞いているのか」というのは、結局は結論だけ覚えていれば、あまり困らない。
要は、傍線部の近くだ。特に小学生の今のテストくらいでは。

これは、例えば、「指示語の内容を聞いている」、「行動の理由を聞いている」というようなもの。
「指示語の内容」→「言い換え」→「傍線部から前、直前あたりが本命?」と考えるような感じ。

算数なら、「何通りか?」→「場合の数の問題」→「樹形図書いてみる?」と同じ流れ。
ただ、小学生の国語の場合、これまでのところ、どんな内容を聞かれていてもほとんど「傍線部の近く」になってしまう。

おそらく、「言い換え」があまりないのだろう、傍線部からあまり離れることができない。
言い換えがあると、同じ意味の用語を繋いで書くことが出来るようになるので、抜き出しで字数制限がある場合など、無限に離れた場所に答えを置くこともできるのだけど。

あとは、「どう聞いているのか」。
これの分析には、少し経験がいる。
「傍線部はなぜか?理由を述べよ。」みたいなのが、一番シンプルなタイプの設問だ、というのを知らないといけない。
知っていると、それ以外の内容が設問にあったときに、それらがヒントであることに気づける。
例えば、「『XXXさんの行動に着目して』理由を述べよ」みたいなことが書いてあったら、当たり前だけど、XXXさんが行動している箇所、その範囲に解答が限定される。

そんな感じに、ヒントあるいはヒントの言い換えは、本文を探すキーワードになる。
そのものズバリな語句や、その言い換えをしている部分に解答があるという目印になるから、本文のどこを探せばいいかわかりやすい。
それをやれば、あとは本文は「読む」のではなくて、Ctrl+f での検索なイメージだ。

それと、傍線部の内容自体も踏まえて、「どう聞いているのか」考える。

これもいくつか問題のパターンを知らないといけない。
例えば、傍線部の内容が登場人物の行動で、理由を聞かれているなら、登場人物の感情を答えるというのがセオリー。
反対に、傍線部の内容が登場人物の感情で、理由を聞かれているなら、その直前にどんなことがあったかを答えるというのが一般的な流れ。

他にも、唐突なまとめのような抽象表現が傍線部なのだとしたら、その後で具体的な説明が出てくることが多い。
あるいは、傍線部に「このように」とでも入っているのであれば、手前がその説明箇所となる。

そんな風に、傍線部と設問で聞かれていることを合わせると、それだけでおおよそ解答の箇所が予想というか推理できる。
そこに、その傍線部までに読んできた内容を合わせれば、大体当たる。

こう、流れを書くとイチイチ長ったらしいけど、慣れれば算数を解くのと同じように、一瞬で適用できるようにはなる。
大人には。
実際、育テや全モを解くときに、コレを考えるにあたって私はほとんどの問題で5秒もかからない。

そして、こうやって読めば、設問から何を探せばいいのかが分かるから、あとはただそれを探すだけ。
それで、大概解ける。
大体の文章では。

ただ、1~2割くらいは、「あれ?ない?」ってこともある。
私にとっては、それが難しい問題。
はじめの解釈で解答がなければ、設問を読み直す試行錯誤の開始。

そういったときでも、文章に比べれば、設問は均質化されている。
古文だって漢文だって、設問は現代文だ。
だから、文章から内容を読み取っていくよりも、設問から解答すべき事柄を読み取る方が紛れは少ない、と私は思う。

国語のテストの場合、文章を闇雲に読み直すのは時間切れでの失敗フラグなので、解答内容を探してから解く方が、結果が安定しやすい、だろう。

ということで、練習してみよっか、長男くんや。

練習

実は練習は簡単だったりする。

国語の問題が他の科目のようにガンガン解けない理由は何か?を考えて、そこを改善すれば。
もちろん、その理由は、「文章があるから」だ。

1つの文章で同じパターンの問題が出続けることはほぼない。
特にテストでは。
そのパターンしか試せなくなってしまうから。
そうすると、1つの文章ではいろんなパターンの問題に触れてしまい、「パターンがあること」に気づきにくい。

でも、記述演習オプションは、同種の問題がひたすら並んでいる問題集。
だから、後は、使い方次第。

「どんなパターンの問題か」と「解答がどこか」だけ確認したら、その問題はもう終わりにする。
あとは文章読んで内容確認すれば答えは出せるから。

ていうか、それで答えが出せないような読み方なのであれば、こんなもの練習する意味もない。

というわけで、どうですか長男くん、この解き方。
パパはこう読むから、主人公が終盤までウジウジしているだけのうっとおしい女の子で共感ゼロだったりしても答えは出せます。

「楽しかった。答えを探すだけなのが楽。」

小難しい文を小難しく読むと疲れちまうからな。
内容を理解するだけで終わりにして、あとは設問を解くのに集中した方がいい。

「思ったより同じ解き方が出来る問題が多そう。」

そうだな。
1つの文章では指示語の問題とか登場人物の気持ちを問う問題とか1,2個しかないけど、どの文章でも大抵聞かれるから、続けて同じパターンの問題を解けば、イヤでも同じ解き方だって分かるぞ。
今はそれを気づかせるための練習だから、分かってくれてうれしいよ。

「いつもこうやって解きたい」

ん-、それはどうだろう?
慣れれば速くなるだろうけど、感覚的に分かるときはそっちの方が速い気はするぞ。
特に小学生には。
やってもいいけど、「悩んだら飛ばす」は忘れないようにね。

「これなら、設問読むだけで答え出せるんじゃない?」

うーむ、その読み方はおすすめしないなー。
時間がないときには緊急事態ということでやってもいいけど。
おそらく、この読み方は補助輪みたいなものだからね。

「補助輪?」

テストに限らず、文章を読むっていうのは、今後の人生の中で普通にやるのさ。
説明文も教科書とかで読むし、物語文だって小説で読む。
そのときに正しく内容を読み取れないと、時間がムダになったり、楽しめなかったりとなる。

国語の問題は、どうでもいいところを設問にすることはないから、設問になるようなところは誤解してはいけないところ、ということ。
しばらくこういう読み方をしているとね、少し誤解しそうなところとか、解釈が難しいところとか、テストだったら問題になりそうなところが分かってくるんだよ。

だから、文章は頭から読んでいった上で、しっかり設問を読んで解答を出していく、っていうステップの方が、後々の将来のために良いと思うぞ。

まぁ、そうは言っても、テストで点を取る、というのが現状での最優先項目には変わらないけどね。
もし、テストで文章読まずに初めからこの解き方して分からなかったときを考えると、その後で結局頭から読み直さなきゃいけないから、結局効率が悪いと思うよ。

とりあえず、これから、「この問題はどういうパターンの問題?」っていうのと、「解答はどの辺にありそうなの?」っていうのを設問を読んだときに聞くから、そのつもりでいてね。
得点、安定するといいね。